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Yesterday is history. Tomorrow is a mystery. Today is a gift, that’s why it's called the present!
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 「日本という国は自然資源が乏しい、そして、領土の面積が中国より遥かに小さいのに、なぜこんなに発展して、今の経済レベルに達しただろう」日本にいるこの何年間、私はよくこの問題を考えていた。もちろん、今の発展の具合になるには、ただ単純な一つか、二つかの要素の働きではなく、きっと多様な要素が総合的に影響しあった成果でしょう。一般的に考えられたその原因というのは日本人の勤勉、団結、謙虚などの民族性だ。でも、今回私が語りたいのは日本という民族はこれまでずっと一貫してきた思想の一つ、つまり、改善ということである。それは日本という国が現在の状態に達するには欠かせなかったものであり、そして、日本民族の思想精華であるのだと私はそう思うのです。
 
 改善、文字通り、変化させて、一層よくするという意味だ。言い換えると、現状を満足せず、絶えず自己を超えて、もっとよい状態を追求すると私はそう理解している。日本では改善という考え方は小さければ個人まで、大きければ企業まで、言わば隅から隅まで浸透されている。そう言われた日本人は多分あっけにとられたように「へぇー」と言うのだろう。日本人が普通だと思ったちょっとしたことでも外国人の目で見ると普通ではないということだ。

 今の時期は世界経済のどん底状態であり、アメリカの大手自動車会社GMは金融の嵐に堪えず、結局破産して、再建するまでに迫った。日本の自動車大企業トヨタと本田は巨大な損失も当然あったが、GMのように破産するまでに陥ってなかった。危機に面して、体制や制度上にしろ、経営方式上にしろ、企業として、それなりの対応戦略を出しているのだ。例えば、ワークシェアリング制度の導入。全体的な労働時間を短縮すると共に、投資のコストが下がって行く。新型ハイブリッド車、低価格で、大衆を引き付けるなど。「そんなありふれた戦略なんて、普通の企業ではよく使われている手段じゃないですかとそう言う人もいるでしょう。確かにそうですが、その見慣れてきた方法のほかには何かをしたのでしょうか。いいえ、正確に言えば、何かをしているでしょうか。その答は、改善なのだ。

 私が昔携わってきた仕事は自動車プレス部品の金型設計です。去年の11月から、今年の6月まで、経済の低迷のせいで、新型車の計画はやむを得ずずっと延ばし続けていた。そうすると、型設計の業務も当然少なくなってきた。月45時間残業しないと、納期に間に合わないぐらい忙しい時期もあったが、金融危機につれて、残業もいらなくなった、それに業務を完成するには時間の余裕も時々感じるようになった。「こうしたら楽だね、業務忙しくないときに、新聞や雑誌を見たり、珈琲を飲みながら同僚と雑談をしたり、どんなに快適だろう」と最初は私そう甘く幻想していたが、しかし、現実は予想と裏腹になった。全社的に自工程完結という活動を行い始めた。私が所属された部署も例外ではなかった。皆二つの組に分けて、一つは品質グループ、一つは標準グループ。品質グループの目的は以前設計中に発生した設計変更の原因を洗い出し、さらに分類して、徹底的に解析する。そして、将来のために、設計の質を高めるには、それらの設計変更を防げる方法と対策を纏めることだ。標準グループの目的として、まず、ソフトの操作上に着目し、パーツなどの3Dデータの標準化を行い、将来的に設計の効率をアップそして操作の便利さを図るために、設計要領、規格などの資料をシステム化することだ。そう簡単に見えるような業務だが、実際に実行すると、するべきことがたくさんあった。例えば、数理統計の方法を応用して、解析を行うとか、便利さを図るためにいろいろ資料をソフト化するなど。残業がなくなったが、結局、毎日働く8時間は前と同じように変わりなく、ずっと緊張しつつ、充実感を覚えながら過ごしていた。

 実はそういったような改善は、周りの個人個人の日本人は前からずっと自覚して実行して来たのです。どんな会社でも忙しくない時期はあるのでしょう、そのときとなったら、日本人はよく改善ということに集中する。ただの改善でも日本人はそれを真の業務として真剣に取り込むほどになるのを私は本当に不思議だと思った。「違うよ、暇なときはわざと忙しいふりにして、上司や同僚を誤魔化しているかもしれないよ。だって、皆は暇だねと言われたくないからですね」と日本人は自分の勤勉さを認めず、“本音”にあることを教えてくれた。日本では、給料泥棒という言い方がある。それは、通常通りの給料をもらいながら、仕事でいつもぶらぶらする怠け者をいう。このような人が会社への貢献の価値はもらう給料より随分低い。そして、みんなから軽蔑されるに違いない。だから、特に大企業では、仕事が忙しくなくても、絶対雑誌を見たり、雑談したりするような時間の潰し方をしないというのは事実でしょう。暇だと言われたくないからこそ、多くの人は、この時間を利用して、過去の仕事を纏めたり、次の仕事をよくするために、計画したりするでしょう。上司や同僚を誤魔化すつもりだったが、結局何気なく、所謂改善ということをしてしまったのだろう。意図的に改善するつもりではないときも、ついつい改善のことをしてしまう、そこまで導いてきたのは給料泥棒になりたくないという強い意識と言ってもいいでしょうね。
 
 あるときの設計のことでした。製品の形状が深いため、コイル素材はプレスされた後の位置のバラつきが多かった。でも、これは最初の工程だから、バラつきが生じたところを後工程で全てカットするわけなので、最終製品においては、ちっとも影響がない。それにも関わらず、日本人の同僚たちはこの問題に対して、すごく真剣に考えていた。もしバラつきを小さくすることができれば、素材のサイズを小さくすることも可能だと指摘した。そしたら、いろいろ考えたうえ、最後に素材のガイドするためのゲージの形状と位置を直したりして、結果として、バラつきをある程度削減することができた。結局原素材サイズより10mm小さくなった素材を決めて、生産に投入した。当時は、日本人は本当にけち臭いなあ、10mmは1.5mである原素材に対して、ほんの1%にもなってないのに、わざわざ煩わしい設計変更を行うなんて、どんな意味があるのかと私は疑ったのだ。この疑問を解消するため、私は計算してみた。1m幅の素材の部品、月5000台とした車種に対して、一つ部品の素材を10mm小さくすれば、毎月50mのコイル材を節約できることになる。逆に小さくしなかったら、毎月50mmのコイル材を浪費することになるわけだ。長い目で見ると、例えば一年としたら、そして、一つ部品ではなく、全ての部品もこうしたら・・・まさかそんな巨大な数字になると思わなかった。それも当然会社の利益につながっているでしょう。このような日本人たちの改善に対する情熱的な心構えと態度に、私は何度も心服したことがある。例えば、生産時間の短縮及び人的ミスを防ぐためにプレス生産ライン再び自動措置を導入したり、改造したり、溶接ラインのロボットの軌跡を合理化するプロジェクトを行ったりすることなど。このような改善は、ある独裁者に必ずこうしないといけないと決して命じられたわけではない、会社の一人として、だれでもどんなことでも改善という概念を身につけて、習慣みたいに自覚的に取り込んでいる。

 よくよく考えたら、いろいろ表から見て、利益にもならない、成果もでない仕事をこなしてきたからこそ、企業の絶え間ない壮大化に計り知れない貢献をしているでしょう。われわれにとって、小さくて取るに足りないことでも、一分一秒の微塵の争いでも、日本人として、煩わしいと思わなく、全て大事にして、改善に取り込んで行くでしょう。ちりも積もれば山になるという原理をもっとうまく現実に応用できるのは日本人だと私はそう感じた。

 多分、ほかの国と比べないと、日本人は自らの改善という意識の強さを認めかねるのでしょう。まず、中国の現状から見ましょう。近年、中国の経済は猛スピードで発展しています。それは改革開放から以来、外国からいろんな先進的な思想や物質を取り入れた成果である。一方で、古きやり方にしがみついた国営企業はまだ苦しみの中にもがいているようである。私の両親は二人とも中国の国営企業でずっと働いてきたので、影響を受けて、私も国営企業のことを知るようになった。この10年、20年前の頃、国営会社のほとんどは終身雇用であった。国営会社に入れば、安全器に入ったような困らない一生を過ごすことが出来ると大半の中国の庶民はそう思っていた。なぜならば、国営会社では、重大なミスを起こさない限りは、解雇されることなく、業務がなくても、給料への影響はほとんどないからです。日本では、終身雇用になっている会社も大体そうだと思いますが、違うところは業務が忙しくないときにやることです。中国の場合は新聞や雑誌を読んだり、編み物を編んだり、世間話を語ったりするのは普通だったが、日本人から見るとそれは会社においてはとんでもないことだと思うでしょう。サボっているのは自分一人だけではないから、上司に気を配る必要がないと考えられていました。皆は当面のことしか目に入らなく、個人の利益だけを考えていた時代だった。もちろん、時代の移り変わりと伴に、先言ったような局面は除除に好転してきたが、恐らくまだ日本と比べ物にならないでしょう。国営企業で勤めている私の友達がいる。時々、私はネットで、QQというソフトを使って友達とチャットすることがある。「何をしているの?」と友達に聞くと、「今仕事中だけど、忙しくないから、サイトを見ながら、音楽を聴いているよ。」と返事した。「上司に見られたらやばいでしょう。」そう心配したら、「まあ、大丈夫よ、見られないように気を配ればね。」とこう言った。中国ではこういうふうに仕事をこなしながら、こそこそネットで遊んでいる人の数は少なくないということが分かってきた。「ひょっとしたら、上司も同じことをやっているかもしれない。上司だって片目をつぶって見過ごすようにしているだろう。」とそう教えてくれた友達もいた。最近になって、皆は他人の目を重視するようになって、なんと隠しながら、こっそりとサボる人が増えてきたようである。仕事に対する改善という意識は微塵もないとは言えないが、大変少ないだろうと思う。それに対して、日本の人々は皆優秀な改善者であると言っても言いすぎではないでしょう。

 QCいわゆる品質管理、はじめは、アメリカで提出したコンセプトなのだが、現在において、日本のたくさんの企業では柔軟に、運用されている。これもまさに日本企業における高品質を追求するための改善活動とも言えるでしょう。中国人はいつも日本産の電気製品を愛用していますが、それは舶来品をありがたがるではなく、言わばそれは日本製の電気製品は品質が優れ、多様な機能があり、デザインの更新も早いという事実の証拠だろう。日本の街を歩きながら、整然とした町並み、四方八方に走っている交通機関、多種多様な自動化された施設などなどを目にして、それも生活レベルを高め、便利さを図る改善という意識の表現だろう。健康のことに気が付き、いろいろ健康グッズを作り出し、医療水準はどんどん上がっていて、誰よりも健康意識が高まっている日本人の寿命は世界一になったのも改善意識の結果ではないでしょうか。よく思い出せば本当に数え切れないほどの例を挙げられると思う。これまで述べたら、日本人はようやく、「あ~、なるほどね。」と認めようとするでしょうか。

 実は人生というものは絶え間なく改善しつつ、成長してきた一つの過程に過ぎないでしょう。われわれが改善を継続することにより、人類社会はここまでに至ることができたのでしょう。上手に改善できる人は、逞しく成長し、素晴らしい人生を歩むことができる。改善得意な民族はますます強大となり、立派な国になっていく。実際に皆はずっと改善しているのだが、でも改善の方法とその程度によって、果たされた結果は違う。日本人は改善ということについて、あまり気付いていないかもしれない、皆がそれはただの普通の生活と仕事だと思って、生活や仕事はそもそもこういう風だと自然に思うかもしれない。しかし、中国人の私は日本人の改善ということに心が揺り動かされるほど感服した。たくさんの中国人は日本人と共に日本の企業で働くと、日本人はけちだし、反応も鈍いと嘆く。それは言い過ぎだと思うが、多分日本人はこう言われたような特徴があるからこそ、日本人が勤勉になり、真面目にこつこつとなり、そして、絶えず努力している内に次第に現在の発展状態に至っただろう。それは日本人が長い年月をわたって少しずつ積み重ねて改善してきた成果でもあろうかと私はそう思った。けちというか、鈍いというか、実に賢いではないでしょうか?悪口を言いたかったら、ちょっと狡賢いと言ったらピッタリかもしれない。

 改善というのは時空にも寄らず、その大きさにも寄らず、それを続けて一貫して実行するのは日本人ならではの潜在的な偉大な思想の精華であると私はそう判断している。日本に仕事しながら、生活してきた4年弱の間、たくさん苦労したが、私は何の後悔もない、なぜなら、その貴重な経験があるからこそ、改善ということの本当の意味とその価値を一層理解することができたからです。私はこの思想を自分のものにしたい、そして、広げていきたいと考えています。それは、改善ということは本当に尊いことだと思っているからだ。

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  日本人はあまり喧嘩をしないと日本に来てから私はそう感じた。それは、日本人は優しいからと多くの人がそう評価するんですが、表の現象として確かに親切に見える。でもそれは日本人があまり喧嘩をしないということの根本的な原因にならないでしょう。優しいというより、日本人は報復攻撃を恐れているため、いつもややこしいことを避けるように慎重に行動しているというほうが正直なところではないだろうか。だから日本にいる間、家庭にしろ、公衆の場にしろ、人が喧嘩する場面があまり見られなかったことは私にとって、ちょっと残念に思っています。それは別に日本人が喧嘩をしてほしいということではなく、ただ日本人が本音を出すとどうなふうになるのかなあと大変興味があるのです。

 今までの話は一方的に日本人の悪口のつもりではなく、ただ客観的に自分が思ったことを述べているだけです。思い出せば、中国では、町に出かけると、一日中喧嘩する場面を何回も目にしても珍しくないことなのだ。そして、喧嘩の相手は親しい人に限らず、赤の他人でもその対象になっている。そう言っても、決して、中国人の揚げ足を取るつもりではない。ただ両国の文化を比較してみたいだけなのです。
 
 例を挙げましょう。例えば、電車の中で他人の足を踏んだとしたら、日本人は考えもせずにごめんなさいという言葉は自然に口から出て来るでしょう。踏まれたほうもいいえと言ったり、或いはすみませんと言ったりするでしょう。靴が汚されたとしても、足が痛いとしても、相手を攻めることなく、お互い譲り合うように済むでしょう。日本人から見ると極些細なことだが、中国人はそれを大騒ぎにする傾向がある。まず、踏まれた人から「お前、めくらなのか、俺の脚を踏んだよ!」と踏んだ人に強く注意を払う。そうすると、「君こそ盲人だろう、わざとじゃないのに」と踏んだ人は言い返す。「言い訳すんなよ、早く謝りなさい」と踏まれた人は詫びを求ようとする。「そんなひどい悪口言われたのに、謝るわけがないだろう、お前馬鹿みたいだね」と踏んだ人は反撃する。「おっ、喧嘩でもしたいのか?可愛がってやるぞ」と踏まれた人はさらに攻めて行く。「なめるなよ、俺の拳の強さを実感したかったら早く言えよ」…と続々挑発的な言葉を吹き飛ばす。つい口喧嘩から、殴り合いすることまでに至った。こんな会話を聞いた日本人はどう思うでしょう。どうもやくざや、暴力団ぐらいしかに聞こえないと思うだろうね。もしかして、お笑い番組のシーンなのかと思う人もいるだろう。要するに、普段の人間だったら、そんな理不尽な言い方をしないのだ。その場面は私がちょっと誇張して作ったものなので、皮肉が混じっていたが、決して中国人の全てはそうだとは言えない、この辺をわかってもらわないと誤解が生じるかもしれない。二人のモラルの悪い中国人があるところで偶然に出会ったら、こんな悪態度になりやすい。誇張したと言っても、中国ではそれはとってもありえる現実のシーンである。上手に言えば、それは、中国人はよく自分の存在感を強調するという民族性の表れの一つだと思う。

 「そうすると、周りの人が喧嘩を止めようと説得しないの?」と日本人が問う。もちろん、強い正義感を持つ人が英雄のように表れるときもある。でも、居合わせたほかの人たちは大半それを笑い話として見るだけだ。中国人は喧嘩になりやすいだけではなく、多くの人は騒ぎの場面を見るのが趣味になるくらい楽しくその場で見たことを食卓上の雑談、或いは世間話のように取り上げたりする癖もある。

 人は生まれてから、自然と周りの環境に馴染んでいく、何気なくそのまま昔からずっと続けてきた伝統というか、習慣というかに従い、そして何気なくその国の民族性を引き継いでいく。丸ごと引き継ぐではなく、何気なく変化しながら、引き継いでいくような感じ。どんな国でもそうでしょう。人間の存続することによって、文化というものが成りたてられてきたのだ。それは歴史の産物であり、貴重な財産となるでしょう。文化があるからこそ、世界のもろもろのことが面白く感じられるのでしょう。だから、こんな習慣はよくない、そんな民族性はやばいなど評価をする必要がないと思います。日本だからこそ、そういう風習がある。中国だからこそ、こういう習慣がある。それは文化という。それで世界が生き生きとして美しくなる。言葉を学習するには、文化のことを無視してはいけないと私は思う。時たま文化のことを気に留めたら、案外その醍醐味を味わいたくなる。
 
 
 
 
 


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  今日、静岡県の裾野市にやって来ました。旅行ではなく、仕事のためです。これから、二三ヶ月間は全て裾野市の会社の寮に住むことになるのです。車を持ってない私は裾野市に行くには電車に乗るしかなかった。会社はJRの岩波という駅の近くである。午後2時ごろ、大和駅から出発し、小田急線で、相模大野駅まで行って、そこで小田原行きの電車に乗り換え、さらに新松田駅まで行った。そこからJRの御殿場線に乗って、約50分間がかかって、岩波駅に無事到着した。トータル乗車時間は2時間ぐらいだった。

裾野2

裾野
             
   相模大野駅を過ぎて から、窓外の風景がだんだんと田舎ふうに変わって、山と畑が主な景色となってきた。長いトンネルを何回も潜ったようだった。JR松田駅では、既に自動改札口のない状態であり、ホームに上がる際、エレベーターもなかったし、エスカレーターもなかった。重いスーツケースを引っ張っている私は階段の所に来て、足が止まった。思わず「参ったなあ。」と呟いた。「大丈夫?一緒に持ちましょうか?」とそのとき、ちょうどうそばに通りかかっていたある40歳前後の女性が私に声をかけてきた。私はもう一個スーツケースを持ち上げて、階段を上ろうとした主人を指差して、「大丈夫です。一緒ですから。」と告げた。そうすると、あの女性は私に微笑んで、「あ、そうですが、失礼しました。」と私に軽く頷いて、階段を上がった。主人のお陰で、ケース二つとも無事にホームに入った。電車を待っている数少ない人たちの中、反対路線の電車を待っているあの女性の姿を再び見かけた。彼女の目線がこっちに向いて、また微笑んで、「大変でしたよね。」と馴染み同士の口ぶりでこう言った。昔岡崎に住んでも、刈谷市に住んでも、また大和市に住んでも、見知らぬ人にこんなに丁寧に声をかけてもらったことは恐らくいまだ一度もないかしらと私は思った。そのとき、彼女の親しさと自然に現れたニコニコした笑顔に私の心は動かされた。この駅は本当に小さくて、構内と言っても、周りは柵も設けていないままの状態でした。遠くの山と山麓に建てられた何軒かの部屋をはっきり見ることが出来た。その素朴な風景とその女性が何か関連があるような気がした。素直な自然と素直な人間、とってもふさわしいと感じていた。こんな親切に声をかけてもらったのに、一つの感謝の言葉も出せずに逆に向こうから「失礼しました。」と言われた私は自分の鈍い反応に対して、とても情けないと思った。そうすると、私は口元にチラッと微笑を浮かべるようにして「先ほどご親切に、ありがとう!」とあまりにも小さい声でこう言い出した。友好的な微笑にしたかったが、なんとなく自分の笑顔にわざとらしい気がした。あの女性の笑顔にいくらか見劣りがしただろうと私は感じた。 

  
岩波駅

  岩波駅に着いたときはもう午後5時前だった。二人は早速、地図を見ながら、会社の女子寮を向かった。寮はすぐ東名高速道路のそばにあるため、探すにはあまり苦労をしなかった。寮の管理人さんは二人五、六十歳に見える男性だった。彼らは寮の手続きと部屋の案内をしてくれた。その間に、私たちが中国人ということにすごく興味が持ち始めたようで、私たちの故郷などについて、いろいろ聞いたりした。そして、部屋の電気の使い方とかもより詳しく教えてくれた。もし私たちが日本人だったら、多分「この二人うるさいね、こんなの誰でも知っているはずなのに、馬鹿にするなよ」と思うかも。私たちが外国人だからこそ、より明白に理解してもらうために、わざわざこうして、そこまで説明してくれた管理人さんに対して、私たちは何の違和感もなく、ただ黙って聞いていた。その後、さらにこのあたりのスーパーの場所や、出かける方法などいろいろを教えてくれた。本当に至れり尽くせりでした。二人のお陰で、最初心に抱えていた異郷での不安感もすっかり消えてしまった。これは、今日で見えてきた二回目の友好の光でした。

 その後、周りの環境によりよく通じるために、主人に伴われ、散歩に行った。このあたり本当に静かだが、たまたま小規模の居酒屋も目にした。ちょうどう晩御飯の時間になって、どこに食おうとしたら、私が突然ある山を見た。「あれは富士山じゃない?」とあの山を指しながら、主人に質問した。「あれ、見えるね、でも断言できないなぁ。」と主人が言った。今日電車の中で静岡県に入ると確かにたくさん山を見かけたが、あれだけ頂上のところが火山口のように見えていた。ちょっと曇っていたので、私も断言できなかった。そうすると、それを確かめるために二人はすぐそばにある「清竹すし」という店に入った。注文したのは焼肉定食とざるそばであった。定食なのに、1000円近くもするなんて、ちょっと高いなあと思った。キャベツサラダの上に焼肉、その上まだ一つ半熟卵があった。一杯の味噌汁プラス四分の一丁の豆腐とつまみキムチ。白ご飯もたっぷり盛り上がっていた。口にしたら、どれでも美味しくて、新鮮の味と感じた。食べ終わるところで、女将さんがさらに一杯の茶碗蒸しを出してくれた。お腹も一杯でしたが、茶碗蒸しの美味しさに耐えられず、無理やり全部胃袋に運び込んでしまった。それぐらいの量とうまさだったら、1000円でもそんなに高くないなあと思った。食べ終わって、お金を払うとき「先ほど、外である山を見かけましたが、あれは富士山ですか?」と女将さんに聞いた。「そうですよ、今の時期頂上では雪が積もっていないですよね。」と女将さんが答えた。ああ、やっぱり私が思った通りだった、何気なく、得意になって、「ここは料理も美味しいし、富士山も見られるし、いいですね。今度また来るかもしれないなあ」とついつい店をほめるようになった。「日本語お上手ですね。よかったら、またいらっしゃい…」と女将さんは突然こんな言葉を口に出した。へぇー、たくさん喋っていなかったのに、どうやって私たちが外国人ということを知っていただろう?やっぱり発音が変なのか?!ばれちゃったか?と不思議に思った。そのとき、女将さんと近くにずっと座っていた男性に微笑んで目を合わせた。なるほどね、隣の男性はお客さんではなく、女将さんのご主人でした。先ほど私と旦那がいろいろ中国語を話したとき、彼が居合わせたから、私たちは日本人ではないということに気が付いたのだ。最初から、最後までお客さんは私と旦那二人しかいなかったこの小さな店では、今日の第三回目の友好の光が見えた。   
 
    
 
清竹すし  岩波の定食

   店を後にして、主人に私は寮まで見送られて、自分ひとり電車で大和市に戻った。来週月曜日、裾野市での3ヶ月間の仕事が始る。主人のお陰で、今回の仕事が出来るようになって本当に心から深くありがとうと伝えたい。離れるようになって、多少寂しいと感じるかもしれないが、こんな景色の素晴らしいところ、そして心の美しい人々に恵まれて、私は絶対今回の経験を大事にし、自分の能力を十分発揮して、充実かつ収穫であるような毎日を送るように努力すると決心した。なんか、こんな遅い時間まで起きていてこの文章を作り上げるなんて、どれだけの興奮状態になったのが分かったでしょう。もう23日の2時だ!確かに、興奮しすぎているかもね。ここで寝ようか。 

 

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